月夜見 
残夏のころ」その後 編

    “そういう季節だよねvv”


スーパーマーケットだの、病院の待ち合いだの、
駅前やバス停だので、ご近所同士が顔を合わせると、

 お寒いですよねぇ、本当にねぇ
 あしたは雪ですってよ、まあそれはそれは…と、

いつにも増しての定形句での会話が始まるのが、

 “この冬の定番だったような気がする。”

今日は暖かいですねぇなんて声、
一度として聞かれなかった…って訳じゃないけれど。
よほどに珍しくいい陽気だった何日かの話だし、
そっちはそっちで、
何を誰がとち狂っているのやらというほどの、
花見のころとまで評されたほどの
常識はずれな暖ったかさになってたような。

 “だよなぁ。”

その直前がまた、
都内でもあちこちで車がスリップし倒したほどの豪雪になって。
ここいらも あちこちで
昼になっても溶けない雪が幅を利かせてたもんだから。
確か祭日だからと勤めに出て来てたこちらの坊ちゃんも、
自前の足での配達に奔走させられたもんだった。
まま それへ関しては特別手当と代休をもらえたし、
寒いのは大変だったけれど、
お届け先でお家の人に喜ばれたのが
ほくほく・じわんと嬉しかったので、
特に不満っていうのはなかったのだけれど…と。
至ってよい子な感慨とともに、
今日も今日とて、
期末テストが終わったのと同時に始まった
試験休みを見越されてのこと、
バイト先である産直スーパーへと出て来ていた
張り切りボーイのルフィさん。
今日は午前中に持ち場の青果コーナーを捌いてのそれから、
午後の数時間ほどは、店内のブースへの補充も受け持っており。

 「そか、いよいよこれが本番なんだった。」

今朝の天気予報では、何と花粉予報が始まってたし、
春は名のみの〜と言われながらも、
ちょっとずつ迫って来つつはあるようで。
そんな中、いよいよ秒読みとあって
レジに近いブースに移されての、
メインイベント仕様のディスプレイへと変更されていたのが、
聖バレンタインデー向けの、チョコレートの数々。
色んなタイプが粒ぞろいのアソートタイプや
とろける濃厚生チョコに、
チョコ味のムースケーキなどなどと。
価格も趣向も
学生さんやお母様が気軽に買えるようにという
気張らぬランクの商品ながら、

 「……あ、ここのは美味いんだよな。」

チョコボールやポッキーは、アーモンドが入ってるのが好きだけど、
このハート型のピーナツのは、いつ喰っても美味いんだよなぁと。
ついつい私情も入りつつの嬉しそうに、
数の減ってる商品を、ワゴンに乗せて来た箱から移して埋めてゆく。
減りようの案配は、
現場からいちいち報告せずともバーコードの集計で判るそうだが、

 「あれ? これってこんな奥に並べたら、」

小さい子には見えないし届かねぇぞと、
お手頃価格のミニサイズを、下の段へと移したり。
ちょこっとだけ、
彼なりの“アレンジ”を加えてしまうのがご愛嬌。
日頃の規格品が、でも箱の仕様だけゴージャスになってるのとか、
手作りにどうぞということか、
トッピング用のピックだの、
カラフルなチョコのふりかけみたいのが付いてるのとかあって。
何だかおもちゃ売り場みたいだなって、
鼻歌交じりに作業を続けておれば、

 「あれ? 今日はこっちもですか?」

通路の向こうから、そんな声がした。
丁度 昼時を小1時間ほど過ぎた頃合いで、
お客さんの波も一旦引くし、
そこでと従業員の皆さんも順番で飯に行く時間帯。
店内にも人影は少なかったから、
余計にこっちの立ち位置が判りやすかったと見えて。
表の搬入を済ませたところらしい、
手ぶらのまんまというゾロが すたすたとやって来る。

 「ゾロも今日は残業か?」
 「ええ。あ、朝は外に居たっすよね。」

今日の青菜の搬入担当は、エース兄だったので、
直接のご対面はなかったが、

 “ありゃ、朝から来てたって知ってたか。//////”

こっちからは気がつかなんだけどな、
まあ、搬入班はほとんど常勤も一緒だし、
来てはいるんだろって思ってたけど…と。
今日はまだ直にはお顔を見れてなかったのを、
こんなカッコで相殺出来たよぉと。
一応は“よお”なんて手を挙げての、いつも通りの態度で通しつつ、
ワクワクは隠せなかったか口許がうにむにしてしまっておれば、

 「あ、ここの担当っすか。」
 「ああ、うん。まぁな。」

立候補してやるもんじゃないのは さすがに判っていようが、
それでも、かわいらしいデコレーションの傍らに、
男子高生が立っているなんてのは、
似合わないとか、この時期にそれって辛いでしょうとか、
言われてもしょうがないところ。
童顔に笑顔を絶やさぬお元気ボーイなルフィなら、
母の日などに特別設置される出店の花売りも似合ってたくらいだ、
似合わないということはなかろうけれど。
どう見たって男子なのだから、
今年は何個かもらえるかなぁなんて
心浮き浮きしてないかとか
調子よくもからかわれるかなと思っておれば、

 「先輩、甘いもの 好きでしょう。」
 「え? ………あ、いや、まあな。///////」

ありゃりゃあ、そっちへ物欲しそうに見えたんかな。
それもそれで恥ずかしいかなと、
手元にあった小袋入りのMなんとかって粒チョコ、
ワゴンの上でちょいと積んでしまっておれば。

 「じゃあ、バレンタインとは別口で、
  俺からも差し入れしましょうか?」

 「お…?」

きゅわ〜んとか、ちゅど〜んとか、
胸がギュッとしたその拍子、何か奇妙な音がした気がして、
そのせいで耳が聞こえなくなるってホントにあるんだなぁ。

 “え?え?え?”

何てった?今、もっかい言えよ、なんて
内心ではそんな風に思いつつ、

 「何だこの野郎、自分に届いたのの横流しなら受け取らねぇぞ。」

……あああ、俺ってば馬鹿馬鹿、大馬鹿だ。
これも反射ってやつなのか、
心にもないこと言っちまってるよと思いつつ、
いつもの軽口で応酬すれば。

 「そんなことしねっすよ。」

第一、俺、いつだってもらわねぇしと、
重ね重ねに不測の事態っつうか、
思わぬ台詞ばっか聞けたもんだから。

バレンタインデーって“日”じゃなくて“週間”になんねぇかなと。
今年初めてそんな風に思ってしまった、ルフィさんだったそうでございます。

 “そんなお前、
  世の中のモテねぇ男どもを山ほども
  敵に回してどうするよ。”

男もアレだぞ?
同性からも好かれねぇと人としてどうかと思うぞ叔父さんはと、
誰かさんが聞き耳立ててたのは、
副店長、何とかしてやって。(苦笑)




   〜どさくさ・どっとはらい〜  2013.02.12.


  *義理チョコは、マジで“義理”化しつつありますが、
   (例;課の女子たちで一括まとめ買いして一斉に配る。)
   友チョコや ご褒美チョコ(マイチョコ)を買う人は
   年々増えているそうで。
   その余波か、贅沢なプレミアム系が増殖中だとか。
   だって男性には、甘いの食べない人が多いですし、
   逆に、女子にしてみりゃ、
   今だけしか店頭に出回らない
   “限定”のとかあるって判ってますもの。
   食玩に付いてる おざなりなラムネ菓子扱いになるって判ってるなら、
   いっそのこと、
   美味しいな・ありがとうと本心から喜んでくれるお友達や、
   自分のご褒美に、ちょっと贅沢なのを買いたくなりますって。


めーるふぉーむvv ご感想はこちらvv

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